大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(オ)268号 判決

上告人

白石源次郎

右訴訟代理人

小竹耕

被上告人

秋葉三次郎

被上告人

有限会社

高砂鋳工所

右代表者

高瀬弘輝

右両名訴訟代理人

高橋信良

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人小竹耕の上告理由第一点及び第二点について

原審が適法に確定した事実関係によれば、(一) 本件土地はもと訴外株式会社横田鉄工所が所有していたが、昭和三九年一二月二日国税徴収法に基づく差押がされ、同月三日その旨の登記が経由され、次いで昭和四一年五月二七日右差押に基づく公売処分の売却決定により上告人がその所有権を取得し、同月三〇日その旨の登記を経由した、(二) 被上告人秋葉三次郎の先代である訴外秋葉次郎右衛門は、右差押登記当時、右訴外会社から本件土地を建物所有の目的で賃借していたが、昭和四四年一二月死亡し、同被上告人が相続によりその権利義務を承継した、(三) 本件土地上には、昭和一五年五月二三日同被上告人名義で所有権移転登記が経由された原判決別紙物件目録(一)(3)記載の工場及び昭和二九年三月二四日同被上告人名義で所有権保存登記が経由された右目録(二)記載の居宅が存在している、というのであり、原審は、右事実に基づき、同被上告人は、建物保護に関する法律一条により本件土地賃借権を上告人に対抗しうるとして、上告人の請求を棄却している。

しかし、土地賃借人が建物保護に関する法律一条によりその賃借権を第三者に対抗しうるためには、賃借人が借地上に自己名義で登記した建物を所有していることが必要であり、自己の子名義で登記をした建物を所有していても、その賃借権を第三者に対抗しえないものと解すべきである(最高裁判所昭和三七年(オ)第一八号同四一年四月二七日大法廷判決・民集二〇巻四号八七〇頁、同昭和四四年(オ)第八八一号同四七年六月二二日第一小法廷判決・民集二六巻五号一〇五一頁)。これを本件についてみると、本件土地につき右差押登記のされた当時において本件土地賃借人であつた訴外秋葉次郎右衛門は、その子である同被告人名義で登記をした工場及び居宅を本件土地上に所有していたとしても、差押に基づく公売処分により本件土地所有権を取得した上告人にその賃借権を対抗しえないものというべく、したがつてその相続人である同被上告人も同様にその賃借権を上告人に対抗しえないものといわなければならない。これと異なる見解に立ち、同被上告人が上告人に対し賃借権を対抗しうるものとした原判決には法令解釈の誤りがああり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の点につき判断するまでもなく、原判決は破棄すべきところ、本件は権利濫用の抗弁につきさらに審理の必要があるので、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官坂本吉勝、同高辻正己の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官高辻正己の意見は、次のとおりである。

私は、原判決を破棄し、本件を原審に差しもどすべきものとする点において多数意見と同じであるが、建物保護に関する法律(以下「法」という。)一条の解釈に関しては多数意見に同調することができない。その理由は、次のとおりである。

一 最高裁判所昭和四七年(オ)第一〇〇八号同五〇年二月一三日第一小法廷判決・民集二九巻二号八三頁に判示されているところと同様、私も、基本的には、法一条が、建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者及び賃借人を含む。)においてその土地の上に登記した建物を所有するときは、当該借地権(地上権及び賃借権を含む。)につき登記がなくても、その借地権を第三者に対抗することができる旨を定め、借地権者を保護しているのは、当該土地の取引をする者は、地上建物の登物の登記名義により、その名義人が地上に建物を所有する権原として借地権を有することを推知しうるからであり、この点において、借地権者の土地利用の保護の要請と、第三者の取引安全の保護の要請との調和を図ろうとしたものである、と考える。同時に、私は、右の法意に照らし、地上建物の登記名義により、その土地を利用する者が地上に建物を所有する権原として借地権を有することを容易に推知することができる特別の場合においては、その名義が借地権者のそれではなくても、借地権者の土地利用の保護の要請と第三者の取引安全の保護の要請との調和を害することにはならない限り、その者の借地権を第三者に対抗することができるものと考える。

前記の判決が、借地権者が建物の所有権を相続した後にその建物につき被相続人を所有者と記載する表示の登記がされた場合について、借地権者を名義人とする建物の登記があるわけではないのに、その借地権を第三者に対抗することができるとしたのは、右の考え方を根底とするものと解されるが、この考え方によれば、借地権者がその子や妻など家族の一員であつて氏を同じくする者を名義人とする登記のある建物を所有している場合においても、同様に、その建物の存する土地の借地権を第三者に対抗することができるものとして妨げないと解される。けだし、この場合においては、右の事実関係の存在が地上建物の登記名義により借地権者が地上に建物を所有する権原として借地権を有することを推知させるに十分であり、それによつて、借地権者の土地利用の保護の要請にこたえられると同時に、土地取引をしようとする第三者にとつては右の事実関係についても調査する労を免れないことにはなるが、右第三者は、もともと法一条の関係では現地を検分して建物の所在を知り、この建物について土地利用の権利関係を調査する労を避けられないのであつて、過重な負担を強いられることになるものとはいいがたく、第三者の取引安全の保護の要請にもとることになるとも考えられないからである。

二 以上によつてみると、本件土地につき、昭和三九年一二月三日、国税徴収法に基づく差押登記がされた当時において、本件土地を建物所有の目的で賃借していた訴外秋葉次郎右衛門がその子である被上告人秋葉三次郎の名義で登記した本件居宅を、本件土地上に所有していたとする限り、同訴外人及びその相続人である同被上告人は、右差押に基づく公売処分によつて本件土地所有権を取得した上告人に対し借地権を対抗することができるものといわなければならない。

しかしながら、右の差押登記がされた当時において本件居宅の所有権が同訴外人にあつたのではなくて、同被上告人にあつたのであるとすれば、同訴外人は自らが賃借している本件土地に登記のある建物を所有していたことにならないから、その借地権を右の差押に基づく公売処分により本件土地所有権を取得した上告人に対抗することができないこととなる。原審は、右の当時、本件工場の所有者が同訴外人であつたのではなくて同被上告人であつたことを認定しながら、本件居宅の所有者が同訴外人であつたのか、同被上告人であつたのかについて、認定を加えていない。

三 そうすると、原判決には審理不尽の点があり、ひいては理由不備の違法があるというべきことになる。したがつて、論旨は、結局において理由があり、原判決はこれを破棄し、本件を原審に差しもどすべきものとしなければならない。

裁判官坂本吉勝は、裁判官高辻正己の右意見に同調する。

(関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄 高辻正己)

上告代理人小竹耕の上告理由

第一点 原判決は理由を附せず、即ち

上告人が株式会社横田鉄工所から同会社所有の別紙目録(三)記載の土地(以下本件土地という)を昭和四一年五月二七日差押公売処分による売却決定により取得した(第一審判決二枚目裏三行目、同五枚目表五行目)ものであり、その所有権に基づき建物収去・土地明渡を求めるのに対し、被上告人らは本件土地を被上告人秋葉三次郎の父訴外秋葉次郎右エ門が昭和二六年三月三一日本件土地の所有者であつた訴外横田鷲之助から賃借し、昭和四四年一二月被上告人秋葉三次郎が右賃借権を相続により取得したものであり、且つ被上告人秋葉三次郎は本件土地上に建物を所有し、この建物については昭和二九年三月二四日に所有権保存登記をなしたので上告人に対し本件土地の賃借権をもつて対抗できると抗弁する(第一審判決三枚目表最後の行から裏五行目まで)。そこで上告人は右抗弁事実を否認し、かりに被上告人秋葉三次郎の先代訴外秋葉次郎右エ門が本件土地を前所有者から賃借していたとしても訴外秋葉次郎右エ門は本件土地につき昭和三九年一二月三日川口税務署の差押登記のなされる以前に本件土地上に登記した建物を有していなかつたから、訴外秋葉次郎右エ門は本件土地につき賃借権をもつて、右差押権者及びその公売処分による売却決定をうけた上告人に対抗できず、そもそも対抗できない賃借権を相続により承継した被上告人秋葉三次郎が、たまたまその名義の登記ある建物を有していたからと言つて対抗力を生ずるものではないと主張した(第二審判決事実(四))。然るに原判決は本件土地の賃借権者であつたという訴外秋葉次郎右エ門が果して上告人に対し、本件土地上に所有権を主張しうる登記した建物を有していたか否かにつき一片の考慮も判断もしていない。これでは審理不尽・理由不備も甚しく原判決は破棄を免れない。

第二点 原判決には法令違背(適用上)の重大な過誤がある。

即ち原判決は第一点記載の被上告人らの抗弁を認め、被上告人秋葉三次郎は本件賃借権をもつて本件土地の新所有者である上告人に対抗しうると判断している(第一、二審判決各七枚目裏最後の行、第二審判決一一枚目表(七))

しかし右の判断は明らかに建物保護ニ関スル法律第一条の趣旨内容を正当に理解しない結果これを不当に適用したものと言うべきである。即ち、本件土地について昭和三九年一二月三日川口税務署の差押登記がなされ、昭和四一年五月二七日その公売処分による売却決定により上告人がその所有権を取得したものであることは第一点記載のとおりであり、これを前記認定事実によれば、本件土地の新所有者である上告人に賃借権をもつて対抗するには被上告人秋葉三次郎ではなく、賃借権者である訴外秋葉次郎右エ門がその名義で登記した建物を有していなければならない。然るに原判決は当時未だ賃借権者でない被上告人の登記した建物の存在を認めて前記の如く判断した。これは「地上建物を所有する賃借権者は、自己の名義で登記した建物を有することにより、始めて右賃借権を第三者に対抗しうるものと解すべく、地上建物を所有する賃借人が自らの意思に基づき他人名義で建物の保存登記をしたような場合には、当該賃借権者はその賃借権を第三者に対抗することができないものといわなければならない。けだし他人名義の建物の登記によつては、自己の建物の所有権さえ第三者は対抗できないものであり、自己の建物の所有権を対抗し得る登記あることを前提として、これを以つて賃借権の登記に代えんとする建物保護法一条の法意に照し、かかる場合は同法の保護を受けるに値しないからである。」とし「土地賃借人は該土地上に自己と氏を同くし、かつ同居する未成年の長男名義で保存登記をした建物を所有していても、その後該当地の所有権を取得した第三者に対し、建物保護ニ関スル法律第一条により、該土地の賃借権をもつて対抗することができないものと解すべきである」とする最高裁判所の判例(昭和三七年(オ)第一八号同四一年四月二七日大法廷判決、集二〇巻四号八七〇頁。昭和四四年(オ)第八八一号同四七年六月二二日第一小法廷判決、集二六巻五号一〇五一頁)に相反する判断であつて許されない。よつて原判決は破棄さるべきであり、一件記録を精査するに本件地上には訴外秋葉次郎右エ門がその名義で所有権を対抗できる登記ある建物を有していなかつたことは明白であるので、第一審判決は取消され且つ上告人の請求は認容さるべきである。

第三点 〈略〉

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